護衛にでもなってくれりゃいいのに、とほとんど決まり文句のようになった言葉をレックは呟いた。しかしテリーは昔の旅日誌を繰りながら生返事するばかり。

「……聞いてもいない」
 レックが不服そうに相手の鼻をつつくと、さすがにテリーも顔を上げた。
「こら、やめろ。聞こえてるって。レイドックの王子殿下に護衛なんかいらないだろ? なんせオレの次くらいには強いからな」と美貌の剣士は笑った。「そばにいて欲しいって正直に言えよ、おい」
「言ったらどうなるの」
「そりゃ、断るが」
「容赦ないなぁ!」と、レックは投げやりな声を出した。「あーあ、聞きたきゃもっと言うけど、ずっと手元に置いときたい。毎日、声が聞きたいし、毎晩、抱いて眠りたい」
 テリーは肩をすくめた。
「なに言ってやがる。護衛が聞いて呆れるぜ。王妃じゃあるまいし」

 王妃。
 ハ、とレックは笑い飛ばしたが──不意にその顔がさっと曇った。そして、怪訝そうなテリーの視線を持て余したかのようにくるりと横を向いた。些細なことさ、と彼は感情を排した声で言った。
「つい先日、結婚の話をされたんだ。父王陛下に」
 テリーは返事をしなかった。
「当分その気はないと突っぱねてみたが。まともに動き始めたら止められないから──オレは、王の子だから。…」
 一瞬の沈黙が落ちる。
 先に口を開いたのはテリーだった。
「なるほど。まずはさし向き、オレにそばにいろというわけだ」
 王子は黙って眼を伏せた。深藍のまつげが瞳に影を落とした。
「そばに置いて? それで、どうする」
 言いながらテリーは、手元でずっともて遊んでいた日誌の裏表紙をぱたんと閉じた。
 いくじなし、と。
 その美しい唇は、この上なく冷酷な言葉を紡いだ。

***

輝かしい未来は、夢の中で咲く花のよう。
其処で揺れたものを、魂のゆくえと呼ばないか。