天空の魔王は彼に手を差し伸べた。彼が二度目に絶望したその瞬間に。
美しいとか美しくないとか、どだいテリーの興じるところではないのだ。彼ときたら、そもそも種族の違いさえ気にも留めぬというのに。すなわち純粋の好意には好意を。
しかしその日、彼は初めて純粋の好意に不審を抱いた。むしろ恐怖さえ感じた。

彼は魔物を信じていた。なんとなればかれらの意思は常に単純である。悪意か好意かあるいは無関心か、いずれ裏も表もありはしない。むろん魔物の中には(大抵はつたない)謀略を巡らすやつもいるが、それはかれらの本分ではない。善きにつけ悪しきにつけ魔物は純粋な生き物で、はかりごととは本質的に人間に属するものなのだ。人の天性は大海よりなお深く、彼に向けられるあらゆる感情には好意と悪意とがもれなく同居しており、まったく彼の手に負えるものではなかった――少なくとも彼はそう考えていた。それで、かつて自分を裏切ったニンゲンの社会を彼岸に眺めて生きてきたのだ。
自らのまさに歩める道程の、若き彼にとってあまりに暗かることを、彼はよく解っていた。彼が決して絶望しなかったのは人生をあくまで諦観していたからである。彼はまったくもって合目的的に「強さを求めて」日々を過ごしていた。その仄暗い心にひとつだけ記憶の彼方から光を投げるものがあったが、彼はそれについてなんらかの意志を持つことをあえてしなかった。意志を持たねばこそ、それにすがることができたのだ。



魔王に敗れて死を悟ったとき、テリーは姉と生き別れた遠い日と同じ絶望を味わった気がした。
あーあ、おれはこれでお仕舞いか。
幼いあの日は致命傷の程度の如何も解らなかったから、なにしろ血を見ただけで死を覚悟したのだった。しかし今ならよく知っている――自分の受けたダメージが、あの日の怪我とは違って、本当に物理的に手の施しようがないということを。魔法によってならば治癒できるものかもしれないが、残念ながらテリーに魔法の心得はない。
彼とて戦いに身を置く日々、相応の覚悟はできているつもりだったが、それにしても驚くほど突然に死ぬもんだ。故郷を捨てたあの日からこっち、結局なにを成したというのか?そもそもいったいなんのために生きたのだろう――信じがたく暗い日々を?
さよなら、姉さん、ミレーユ、…

そのとき不意に魔王が言った。「貴様、名前はなんという?」

魔王は戦う前にも同じことを問うたが、そのときテリーは応じなかった。魔王に名乗る名などあるものか。しかし死に直面してどうでも良くなったのか、あるいはたとえ相手が悪魔だとしても自らの最期の証たてかしと思ったか。テリー、とひとこと彼は答えた。

「テリー」と魔王は呟いた。

テリーは魔王の口から発せられた自分の名になにかそら恐ろしいものを感じた。見れば相手は鉾を持った左手をだらりと垂らしてこちらを眺めている。彼は両手で雷鳴の剣を構え直したが、すでにまともな一太刀など振るえやしないだろう。

「……気に入ったよ、なあ。選ばせてやろう。テリー、生きるか死ぬか」