スペクタクルツアーのコンセプト画より


 その小さな輪っかのピアスは、もともとレックの持ちものだった。
 身につけることなく荷物の底に眠らせたままでいたのは、しろがねの色が自分に似合わなかったからだ。テリーとふたりきりで野営のたき火番をしていた深夜、赤い炎に照る相手のきれいな横顔を眺めながら、ふと気まぐれが起こったのだった。──この男になら、品の良い銀色がきっとよく映えるだろうと。
 テリーのてのひらの上で、一組の耳飾りがなめらかにきらめいている。金属光沢の表面にはしみも曇りもない。レックの耳たぶに揺れているものとよく似ているが、そちらは金で、しかもずいぶん傷だらけだった。
「銀?」
 なにげなく訊ねたテリーに、レックは唇の端だけで笑ってみせた。白金だよ、とは答えなかった。銀と白金の区別さえつかないなんて、よほど貴金属に興味がないのだろう。そんな彼に、耳飾りを譲る意味など。…
「こんな小さな装飾品、すぐに失くしそうだな」
「外さなきゃいいさ」
「外すもなにも……そもそも耳飾りをぶら下げる穴もないぜ」
「開けてあげるよ」
 釈然としない表情のテリーにかまわず、レックは道具袋の中から細いギムレットを選りだした。きっさきを聖水で清め、たき火の炎にかざしてから、ふたたび聖水で洗う。ジュ、と高温の鋼に触れた液体が微かな音をたてた。相手の手元をぼんやり眺めていたテリーはようやく我に返った。しかし、その左耳はすでにレックの手の中で検分されている。
「いや、待てよレック。受けとるとも言ってないだろ」
 往生際の悪いやつだな、とレックは口元をゆがめた。温度のない無垢な耳たぶに、ためらいなく錐を押しあてる。
「いいじゃん、減るもんでなし。──ちょっとだけ、我慢」
 レックの言葉とほとんど同時に、耳たぶに鋭い痛みがはしる。テリーは一瞬だけ息を詰めて眉根を寄せたものの、それ以上は抗いもしなかった。すぐに耳飾りを通されて、真新しい傷がぴりりと疼いた。指で探ると、触れた爪先に鮮やかな血が滲んでいた。

***

 傷は落ちついたかと訊いたが、相手はとっさになんの話だかわからなかったらしい。レックが自分の耳の金のピアスを指すと、テリーは「ああ」とつぶやいて、少し伸びた髪を無造作に耳にかけてみせた。
「もう外していいのか?」
「大丈夫だけど……外したら元も子もないだろ」
 目を細めて相手の左耳に手をのばす。テリーはくすぐったそうに首を傾げた。白い肌に銀の髪がながれ、白金の耳飾りがきらりときらめく。ほんの先日までなめらかだった耳たぶを不可逆的につらぬいて、王水によってしか侵されない気高い金属片が、笑うように揺れている。レックは、理由の判然しない高揚に肌があわだつのを感じた。──手のうちにある美しさの奥に、ある種の明確なフェティシズムの存在を自覚する。自分にそんな嗜好があるとは思いもしなかった。
 なまぐさい情念を抑えて、レックは「よく似合ってる」とひかめえな感想だけ述べた。
「そりゃどうも。……いつまで見てるんだ」
 テリーは気もなさそうに相手の手を払ったが、ふと思いなおしたように、指先で小さな金属の輪をなぞった。
 おしゃれなんてごめんだぜ、と彼は薄い笑みを浮かべた。