レックにとってテリーの機嫌を知るのは簡単なことだ。好きだよ、ってひとこと言ってみればいい。その反応で彼の機嫌は瞭然だ。

まず機嫌が良くも悪くもなくて普通なら、無視される。これが一番多い。ちょっと不機嫌だと舌打ちされる。かなり不機嫌だと追い払われる。そして、べらぼうに不機嫌だと痛い目を見る(実に理不尽だ、といつもレックは思う)。
逆に機嫌がいいとちょっとだけ笑顔になる。このとき触っても睨まれない確率は、まあ五分ってところだ(睨まれなかった場合、大概は抱きしめたって怒られない)。
もし困った顔をして目を逸らしたなら――それはものすごく機嫌がいい証拠。だいたいなにをしても大丈夫。


さて、さっきレックが試してみたところ、宿屋のベッドの上であぐらをかいてかばんの中身を引っ張り出していたテリーは、顔も上げないで「え?」と言っただけだった。
これは無視の派生形で、下手を打つと一気に不機嫌になるおそれがある。あるいは荷物の整理に夢中になってるみたいだから、本当に聞いていなかっただけかも知れない。
どっちだか分かんないけど、なにしろレックはお喋りしたい気分だったもんで、相手の正面に回ってもう一度言ってみた。すると今度はあからさまに無視された。
レックは唇を尖らせて、「なんで無視すんのさ」と文句をつけた。
「おんなじこと繰り返すな」
テリーは素っ気なく答えた。――どうやら、二回とも聞こえてたらしい。
「テリーが返事しないから」
「しただろ」
『え?』って?果たしてそれは返事と呼べるのか。呼べません、とレックは思った。
「どうしてそんな冷たいんだよ」と彼は苦言を呈してみた。
「いま忙しいんだ」
「オレとかばんの中身とどっちが大事なんですか。…」
言ってしまってから彼はさすがに自分のもの言いにおかしくなり、にやっと笑った。まるでどっかの女の子じゃないか。テリーも同じことを思ったようで、やっぱりにやっとしている。これは悪くない傾向だ。

……まぁいいけどさ、とレックは言った。「道具整理すんの手伝おうか?」
「ああ。あー、でも手伝って貰うほどのことはないな。大した量でもないし」
「忙しいんじゃないのかよ」
テリーは笑った。
「まあね。ええと、じゃあこれ、なんとかしてくれ」
彼はかばんの口を開けて差し出した。底でいろんな薬草類がざらざらしている。包みから出てデタラメに混じっているらしい。
「中で包み紙が濡れて、ぜんぶ破けちまったんだ」
どれ?とレックは相手の手元を覗きこみ、げッと顔をしかめた。
「つぶつぶ全部仕分け直しじゃん。……なんでこんなペラペラのちり紙で包んどいたんだよ」
「たまたまそれしかなかったんだ。はいこれ、新しい紙」
「はいはい……ってまたちり紙かよ!」

さすがにちり紙は突き返してやった。まったくもう。
それからレックは自分の荷物から油紙を出してきて、本草学の本とにらめっこしながら(こういうのは苦手なのだ)、辛気臭い作業に取り掛かった。紙が濡れて破けたにしては薬草が乾燥しきっている。きっとずいぶん前からほったらかしにしてたんだろう。レックがなにも言わなかったら、たぶん今日も見なかったことにして済ませたに違いない。うまいこと押し付けられちゃった。

半分くらい終わったころ、テリーが見に来て「よう、手伝おうか?」と言った。
レックは大いに憤慨した。どの口がそれ言いやがる。
「いや、手伝ってやってんのはオレだろ!ばかかコラ、そもそもテメーの仕事だっての」
「うん、ごめん。でも文句も言わずにやってくれるもんだなって。殊勝だなお前」
「……ものの言い方おかしくない?」
「レックのそういうところ、好きだぜ」
思いがけない言葉に、レックは一瞬だけ自分の目が泳いだのが分かった。でもすぐに相好を崩して、それでわざと「え?」と訊き返してやった。
「……お前のそういうとこ嫌い」
冗談だよ。おあいこさま、と言ってレックは笑った。好きだよ。するとテリーは困った顔をして目を逸らしてしまった。
――すなわち、すこぶる上機嫌。
それでレックはついなんかしてやりたい衝動に駆られたものの――いいや、彼にはまだやっつけるべき重大な義務があるじゃないか(義務というより義理だけど)。なんせ、まだ調合待ちの薬草が半分残ってるんだから。

果たしてこれをぜんぶ片付けるまでテリーの機嫌がもつものか、彼はいぶかしんだ。




おしまい
(ときめき10の瞬間/ひなた様よりお題をお借りしました)