スペクタクルツアーより。勇者とレック


 一陣の風が吹き抜けた。
 大きく舞った長い絹の襟巻きを、レックはばさばさと押さえつけた。

「お借りしましたよ、どうもありがとう」
 不意に背後から声を掛けられて振り返った。明るい声の主は、自分よりもいくらかあどけなさの残る少年だった。赤いマントを翻らせ、頭に朧銀の飾り輪を着けている。
「借りた?」
 意味がわからずに反復すると、少年はにいと笑った。
「テリーですよ。大いに助けてもらったから」
 ああ、なるほど。テリーのやつ、巻き込まれていっちょ噛みしたな。
「あの人、使いにくかったでしょう。我が強いし、ひねくれてる」
 少年はまた笑った。否定も肯定もしない。笑った拍子に額の蒼玉がきらめいた。
「彼は良い仲間だった。──夢と現つの勇者よ、きみならよく知っているだろうけど」
 こんな人には会ったことがないな、とレックは思った。陽の光のようだ。無色透明で、明るくあたたかで、摑みどころがなく、どこか人を圧倒する。実際のところ、少年はレック自身に似通っていたのだ。しかしレックは気付かない。
「ええ。彼は良い仲間だ。また会うこともあるかも知れない、あなたと。…」
「いいや、二度とあるまい」

 少年はきびすを返した。
 ふたたび強く風が起こったかと思うと、彼の後ろ姿はたちまち疾風に包み込まれてしまった。
 ──あなたの名前は?
 つむじ風に向かって叫んだが、ついぞ返事はなかった。