夢占い師の館が雨漏りするから修繕してほしい、と依頼するために、テリーがハッサンの元を訪れたことが万事の起こりだった。
 それで差し当たり現場を確認しに行こうとキメラの翼を使ったらば、雨のレイドック地方ではなく、小暗い霧の森に降り立ったと。


「別の世界ねえ。……なんだか聞いた話だな」
 レイドック王子は、うろんげに夕餉の相手ふたり──かつての旅の仲間、ハッサンとテリーを見やった。
 彼の言にハッサンは首を傾げたが、テリーは澄まし顔で水差しから足付きグラスに水を注いでいる。夕刻、レイドック城の喫茶室には入日の残光がかすかに居座っていたが、燭台にはすでにあかりが灯され、テーブルの軽食(といっても豪勢な)とそれを囲む三人の顔を明るく照らしていた。
「……それはさておき、みやげだ」
 テリーは無表情で、一振りの剣を王子に押し付けるように手渡した。
「ええ? わざわざ、どうも」
 言いながらレックは剣の鞘を払い──テリーが慌てた様子で「振らなくていいからな!」と制したものの間に合わず──やけに幅広寸胴で、まるきり金属光沢のない変てこな刃を振り下ろした。
 ぱふ、と刃は音を立てた。
 レックは眉をひそめ、刃を返して再び振り上げた。ぱふ。
「おうテリー、いつの間にそんなおもちゃ手に入れてたんだ?」
 ハッサンはげらげら笑った。
「小さな弟でもいれば喜んだだろうけど、…」とレック。
 どうしてこんなものを。しかしちらりと見たテリーの表情がそら恐ろしいものだったので、なんとなく察しがついた気がして、それ以上は詮索しなかった。
「……ありがとう。大事に飾っとくよ、玉座の間にでも」


 客人らは、つい二日前にこちらの世界へ帰還したところだった。取り急ぎグランマーズの館の屋根を直して、その足で城までやって来たと言う。
「どいつもこいつも、グランマーズのばあさんとこの食事から逃げるためにこっちに来やがって」と王子はぼやいた。
「あんなもん食ったら、さすがに腹壊しちまわア」とハッサン。「しかし参ったぜ。なにしろこっちの仕事をほっぽって、いきなりひと月も行方不明になってたんだからな。明日から大変だ」
「オレはなにも支障なかったが」
「──テリーは働けよ」
 テリーの言葉を遮って、レックとハッサンの声がきれいに重なった。三人は顔を見合わせて笑った。
「レイドックなら、いつでも雇うぜ」
 レックはもう何度目になるか分からないセリフを口にした。
「いらないっての。お前の下なんかで働けるかよ。だいたい、今で充分やっていけてるしな」
 つれないねえ、と王子は肩をすくめてみせた。
「……ともかく、よその世界の大冒険とやらを聞かせてよ」




続くかもしれない