縛っていい? と聞かれたから駄目だと答えた。ゴネられるかと思いきや、レックはこの上なく残念そうな顔をしながらもあっさり引き下がった。
 適当にタイミングを見計らって勝手にやりゃいいのに、と思う。どうせごっこ遊びなんだから──しかも所詮は(と言っちゃ悪いが)レックのすることだし。なんにせよ、いいかと問われてどうぞと応じるのも癪じゃないか。…

「お前、そういうの好きだったのかよ」とオレは訊いてみた。
「別にそんなことないけど」と答えてからレックはちょっと視線を泳がせて、「いや、やっぱり嫌いじゃないかも」と律儀に訂正した。そしてオレの頬をつつきながら「似合いそうじゃん、テリー。ほら、綺麗なものをくちゃくちゃにしたくなる衝動ってやつ?」と余計な台詞を付け足した。
「……やっぱり試したくなってきた。ねえ、縛らせてよ。痛くしないからさぁ」
「いいけど、代わりにあとでお前も縛るからな。言っとくが、痛かろうが知ったこっちゃないぜ」
 オレが言い返すと、レックはゲ、と顔をしかめた。
 じゃあやめときます、と苦い表情のまま彼が言ったのを鼻で笑った瞬間、いきなりその手がオレの目元を覆って視界を塞ぎにきた。
「──とでも言うと思ったか、隙あり!」と楽しそうな声。
 押さえつけられてじたばたしてる間に、ほとんど力づくで手首を縛って布で目隠しされた──なんだか結果的に、タイミングを見計らって勝手にやられてしまった。
「なにしやがる……ったく。ばか」
 オレが呆れ半分で言うと、レックが小さく笑うのが聞こえた。
「悪いね。だけど、すごくいい眺めになったぜ」
 ちぇ、レックのしてやったりな顔が目に浮かぶ。見えないが。
 視覚を奪われたぶん、他の感覚は鋭敏になる。つうと首筋をなぞられただけで大袈裟なほどびくっとしてしまった。再び相手の微かな笑い声がしたかと思うと、今度は唇にキスされた。触れた瞬間、うかつにもまた身体に力が入る。翻弄される感が腹立たしいといえば腹立たしいが、それを除けばまあ──悪かないなと思った。
「そんな怯えなくても、いじめたりしないよ」
 キスの合間にレックが言った。縛っといて「いじめたりしない」とは、ふかすじゃないか。
「怯えてない。おいレック、気に障ることしたら蹴っ飛ばすからな」
 はいはい、と答えて彼はベルトに指をかけたが、そこではたと手を止めた。
「しまったな、順番間違えた。先に縛っちゃたから脱がせられないや」
 オレは思わず笑ってしまった。

 身体にのし掛かかっていたレックが上から退いて、今度はオレの髪の毛を触っている。見えないものだから、なにをしようとしているのか解らない。
「なにしてるんだ」
「さあ、なんでしょう。……どきどきする?」
「するかよ。いらいらする」
 レックは笑った。
「へそまがりめ。泣かすぞ、こら」
「……蹴飛ばすぞ」
「ご自由に」
 言うなり、だしぬけ上衣をめくり上げてへそを舐められた。へそまがりのへそ、だとかなんとか、どうかしちまったんじゃないかって言葉が聞こえたような気もしたが──なにしろ突然だったもんで、思いきり変な声をあげてしまった。それで相手は気を良くしたのだろう、おもしろがって不意打ちであちこち責めてきた。なるほど、見えないってのはすこぶる効果がある。そのうえ拘束されているから、どうも一方的にやられてる気分になる。……これはちょっとまずいかも知れないと思った。
 なにか意図を持って触れられると、堪えきれずにほとんど悲鳴を上げそうになった。すぐに、そもそも我慢するのもばからしくなって、もうどうとでもなれと快楽に精神を委ねてしまった。

 頭がのぼせてぼんやりしていると、耳元で「気持ちいい?」と囁かれた。
「……死にそう」
 ふふん、とレックが満足気な声を出す。ついでに耳たぶを喰まれて、危うくまた叫びかけた。
「して欲しいことある? なきゃ好きにするけど」と、彼は呑気に尋ねてきた。
 勝手にしてくれ。考えるのも億劫だ。
「ない……なにされてもいい」
 意図もなく口にしてしまってから、多分に好ましからざる言葉の選択をしたことに気付いた。
 果たしてレックは「なるほど」とおかしな返事をした。
「そりゃ健気だな。お前、覚悟しろよ」



 縛めを解かれて目隠しが外されると、思わず大きなため息が出た。嬉しそうにこちらの顔を覗き込んだレックに、指でまなじりを拭われて、自分が涙目になっていたらしいと知った。
「お疲れさま」と彼は笑った。なに言ってやがる。「泣くほど良かった?」
 言い終わる前に、脚を上げて相手の胸元を蹴り飛ばしてやった。
「いたた……なんだよ、じゃあ泣くほど嫌だった?」
「うるッさいなあ! ぜんぶ忘れた」
「そう? オレはなにも忘れてないけど」
「黙れ。あと、今度やったら命はないと思え」
 悪役の捨て台詞みたいだな、とかほざいたレックをさっきより強く蹴ったら、彼はベッドから落っこちた。
 手首に残った紐の跡に舌打ちして、オレは文句を言った。
「ちぇ、オレの一人負けじゃないか」
「鍛錬不足だろ」と床に座り込んだレックが澄まして答えた。「どうもごちそうさまでした」
「……次はお前の番だからな」

 しかしレックが断固として拒否するので、今のところ彼の番は来ていない。
 本気で殺されると思っているんじゃなかろうか。




おしまい