51.
テリーが珍しく物欲しげにしたので隼の剣を買ってやった。夜になってもまだ彼は浮かれた様子で、細身の刀身をランタンの炎にきらめかせている。「そいつの分もちゃんと働けよ」と茶化すと流し目よこして笑い、それから不意に抱きついてきて耳にキスをした。
オレはエヘンと咳払いするのがやっとだった。


52. あなたに似たひと

ねえテリー、とのんびりした声。「あれはなにかしら」

ミレーユの指差した先には欲望の町の住民だろうか、揉みあうひとびとの姿。あんなのの相手はごめんだな、と思っているうちにもレックはさっさと駆けて行ってしまった。「関わりあいになる気よ」と姉が笑うと、つきあわないぞ、と弟はそっぽを向いた。もちろんすぐに後を追いながら



53. モップトップ
髪を切ってくれと頼まれて二つ返事で引き受けたものの、弟の手入れ不行き届きな髪を前にしてミレーユはため息をついた。よほど無頓着なのだろう、ひどくこんがらがってところどころ結び目さえできている。「テリー、髪は顔の額縁なのよ。絵を活かすも殺すも額縁しだいなのと一緒で、これじゃ顔まで台無しになっちゃうわ。せっかくハンサムなのに」


54. 知り得ることとそのほかのこと

きみの前では殊勝にしやがる、とレックは笑った。テリーのはなしだ。「照れてんだかカッコつけたいんだか知らないが」

ミレーユは目を細めた。弟によく似ているな、とレックは思った。美しい容貌も、その表情のうつろいかたも。

「……そうね、そしてあなたの前じゃついぞなく楽しそうにしてるわ。羨ましいくらいに」



55. えび、食べよう
給仕された大きな皿。砕いた氷の上に生の岩がきと蒸したえびがどっさり積まれている。レックは嬉しそうに「わあ、えびだ」と分かりきったことを言った。なにしろえびに目がないのだ。隣のテリーがかきばかり食べるもので、えびは嫌いかと訊ねれば、ただ面倒だからと返ってきた。レックはくすくす笑って「剥いてあげようか」と言った。おいしいよ、と。


56. ねぼすけにあさはかなたくらみ
「起きろ、テリー!あと三十分で出発するぜ」「んー」「食事どうする?みんな先に済ませちまったけど」「うん」「うん、じゃなくて。いるの?いらないの?」「うん…」
寝ぼけやがって、とため息ひとつ。ふと思いたって「好きだよ」と囁けば、返事はやっぱり「うん」。…お前もオレのこと好き?と言いかけた瞬間、テリーはぱちりと目を開けた。ちぇ、朝食のことなんか訊いてる場合じゃなかった。


57. あなたになじんだ黒革の
そろそろ新調しなきゃ、と手袋を手入れしながらレックは呟いた。隣で革の盾を磨いていたテリーがどれどれと覗き込む。使いこまれた黒い革の指ぬき手袋は、確かにあちこち擦り切れいささかぼろっちい。「せっかく革も柔らかくなじんでるんだがな」と言いながらテリーはなんとなく手袋を自分の手にはめ、しかしすぐに眉をひそめて外してしまった。彼の手には大き過ぎてなじまなかったらしい。


58. おやつの時間
街角で不意に心をくすぐる匂い。ワッフルスタンドだ。溶けたバタの芳香と、スクロースの不可逆反応にともなう甘い香りが重なって、こんな多幸感に満ちた匂いもそうあるまいと思う。並んで歩くテリーも似たようなことを考えてたんだろか、顔を向ければすぐに目が合った。食うかと誘えばふふんと笑って「つきあってやる」などと言う。「好きなくせに」と舌を出すと「活動に必要な熱量摂取だ」とよくわからないへそ曲がりで返された。ただ『うまいよな』とでも言っときゃいいものを。
熱いワッフルをひとくちかじる。うまいな、とひねくれ者は素直に笑った。


59. おひめさまだっこ

逃げろ!リーダーの怒鳴り声を合図に、パーティはきびすを返して一目散に駆けだした。ところが、しんがりで背後から執拗に飛んでくる呪文をやり過ごしていたレックのすぐ前で、不意にテリーが崩れ落ちてしまった。ぎょっとして抱き起こしたがこれといって手傷もなし、単に敵さんの魔法にかかって眠ってしまったらしい。もう、と呻いてレックは眠れる剣士を横抱きに抱え上げた。再びすたこら走りだす。

なんとかかんとか逃げおおせ、みんなが息を切らして立ち止まったところでようやくテリーは目を覚ました。もちろんレックの腕の中だ。うわッなにしてる!と肘鉄砲を食らわせかけたテリーの額に、ミレーユがこつんと手刀を当てた



60. 神はさいころを振らない

——Der Alte würfelt nicht, 神はさいころを振らない。

かつて世界でもっとも偉大だった異国の物理学者は、この世のすべてが因果関係で結ばれていると確信していた。偶然など存在しない、星のすべては古典力学のことわりにのっとり必然に従って生かされている、と。

しかし今の世界は知っている。ねえきみ、神は時としてさいころを振るのです