「だめだテリー、深入りするな!」
怒鳴るレックを尻目に、渦巻く真空の刃をかいくぐって、テリーは敵の最後列で得意げに回復魔法を唱え続けていた大きなスライムの前に躍り出ました。勢いのままえいやと薙ぎ払うと、鋭い刃にスライムは深く切り裂け、どろりととろけて動かなくなりました。
直後に後ろから降り注いできた鋭い氷塊を盾でやり過ごし、スライムの残骸を跳び越えて敵の群れと距離を空けた瞬間、味方の放った火炎が残りの魔物を全て焼き払ってしまいました。

かわしきれなかった真空と氷で負った浅からぬ傷をテリーがチャモロに癒してもらっていると、レックの怒号が飛んできました。彼はかんかんでした。
「下がってろって言っただろ!なんで突っ込んだんだ!」
「魔法合戦が長引いて大変そうだったじゃないか。原因はあの緑のスライムだったろ」
「だからって、あんなバギの嵐の中に飛び込むなんてどうかしてるよ。まともにもらってたら死んでたぞ」
「……生きてるぜ」
「死と幸運がすり替わっただけだ。繰り返したら致命的なミスが起こるに決まってる」
テリーはちょっと不服そうな顔をしましたが、それ以上は言い返しませんでした。
彼が本当に分かっているのか、信用ならぬところだとレックは思いました。あとでもう一回、ちゃんとハナシをしなきゃ。…
「手当が済んだら、今日は馬車でいいよ。傷、深いだろ」とだけ、レックは言いました。


テリーのほかに、バーバラとチャモロも馬車の中でした。二人ともさっきの戦いでずいぶん消耗してしまったのです。
バーバラはくすくす笑って、「怒られちゃったね」とテリーに言いました。「レックはリーダーだから。無理できない……っていうか、させられないんだよ」
「そうですねえ」とチャモロが同意しました。「それにしてもテリーさん、以前より戦い方が大胆になってません?前はもうちょっと慎重だったのに」
「あ、それレックも言ってた。アイツこのごろ好き放題やりやがる、って」
そうだろうか、とテリーは考えました。確かに少々、荒っぽくなったような気もします。一人でいたときはひとつの失敗がすぐ死につながりかねなかったので、ひどい無茶はできなかったのです。しかし今は?

「どうかな。まあ……回復魔法もあるし」
「だめですよ!腕がちぎれてしまったら、わたしだって治せないんですから」とチャモロは焦って言いました。
「ちゃんと反省しなよ」とバーバラが笑いました。


――これからはいくらか気をつけよう。
馬車で二人に諭されて、テリーはそう思ったのです。だから、夜になってレックがその話を蒸し返した(少なくともテリーはそう感じました)ことになんだか腹が立ったのでした。

「分かったっつってんだろ。しつこい奴だな」と、いまいましそうにテリーは言いました。
相手の言い草が癇に障って、レックもつい声を荒げました。
「しつこッ……ふざけんな、一人で勝手されたら困るんだ」
「そりゃ悪かったな!お前らと違ってずっと一人だったもんでね」
「そういうこと言ってんじゃないだろ!」

ほかに誰かいれば仲裁してくれるだろうに、二人きりのところで話を持ち出したのが裏目に出てしまいました。レックとて、テリーがこんなにかっとするとは考えていなかったのです。
彼は頭を振りました。つられて自分まで怒ってどうすんだ、ばか。…
「違うよテリー、協調性の話じゃない。実際、今日は助かった。でも助けてくれなくて良かった」
その言葉にテリーは傷ついた表情を浮かべました。レックは、彼がなにか言い返そうとしたのを手で制して続けました。
「……リスクの問題だよ。冒す必要のない危険だってある。目の前の敵がどうこうより、仲間を傷つけさせないほうがずっと大事なんだ」
「そりゃ臆病者っていうんじゃないのか」
「別に結構。そんな突っ走りたがる奴を制御するのがオレの仕事なの。なにしろ、死んでもらっちゃ困るんだ」
テリーはため息をつきました。
「魔王の前でも同じこと言うのかよ」
「いや、そのときは――申し訳ないけど、死にに行けって言うさ」
疑わしげな顔をしたテリーに向かって、レックはにやっと笑いました。テリーはおおげさに肩をすくめて見せました。
「そう。だったらそれまで命はとっとく」
「どうも」

どうやら話も丸く収まったようだし、テリーは「それじゃおやすみ」と言って踵を返しかけましたが、間際にふと気がついたように振り返りました。
彼はちょっと言いにくそうな様子で口を開きました。
「あー、さっきはその、子供っぽいこと言って悪かった。ちゃんと分かったから。昼間、みんなにも釘刺されたんだ」
「そっか。大事な仲間なんだよ、テリーは。……あ、じゃあ仲直りの――」
「しない」
「じゃあ――」
「いらない」
なんも言ってないだろ、とレックの声が後ろから追ってきたのを無視して、テリーはそのまま指をひらひらさせながら行ってしまいました。

二人とも、今日はいい気分で眠れるような気がしました。




おしまい