ある秋の日の夕暮れ、一人で用事を済ませて宿の前に戻ってきたところで、通りの向こうから顔の隠れるくらい大きな紙袋を抱えてよたよた歩いてくる人影に気付いた。荷物の陰にリボンがひらひらしている。アネキだ。オレが気付いたのと同時に、向こうもこっちに気付いたらしい。袋の上に覗いた目がちょっと笑った。
なんだよ、たいそうな買い物になるんなら、先に言っといてくれりゃオレでも他の誰でも付き合うのにさ。駆け寄って荷物を引き受けながらそう言ったら、アネキは待ってたみたいな嬉しそうな顔をした。
「予定外だったの――こんな荷物になるつもりじゃなかったから。ね、これどうしたと思う?市場でもらったのよ」
もらった?誰に?なんで?
「……中身は?」
不審に思って尋ねたら、当ててごらんなさいよ、なんて子供みたいなことを言う。分かるわけないだろ、と思って首を傾げているうちに宿に着いてしまった。
部屋に戻ってベッドの上に袋を置いたら、そのまま横に倒れて口が開いて中身がざらざらこぼれ出た――全部お菓子だ。
「うわ、なんだよこれ」
ふふ、とミレーユは笑った。
「買い物したらおまけでくれたの。おまけって量じゃないよね。昨日のハロウィンの残り物だって」
「はろいん?……ああ、子供が仮装するあれか。昨日だったんだ。ハロウィンと姉さんのお菓子と、なんの関係があるんだ?」
不思議に思ってアネキの顔を見たら、相手もぽかんとオレの顔を見ている。目が合った直後に彼女の顔が曇った。それで解った――ああ、きっと『幸せな子供たち』の年中行事なんだろう。だからって、今さらオレは傷つきゃしないのにさ。…
苦笑いして思った通りを言うと、アネキは一瞬オレの目を真顔で覗いて、それから微笑んで「ありがと」と呟いた。

「それで、」とオレは話を元に戻した。「どうしてお菓子がハロウィンの残り物なんだ」
「子供にあげるのよ。オバケの格好した子供たちが、ほうぼうの家で『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ』って言って回るの。だから、大人はみんなハロウィンの夜にお菓子をたくさん用意しとくわけ」
「ははあ、…」
「あら。思い当たる節あった?」

……実はあった。昨日の夜のことだ。

部屋で本を読んでいたら、レックがばかに上機嫌でやってきて、ばかに得意げにポケットからチョコレートを出して、ばかに偉そうに「おい、お菓子やろうか?」と言った。
別にお菓子なんて欲しくないから返事もしないまま本に意識を戻したが、相手はすぐ横で明らかになにかを期待しながらこっちを見ている。なんだか面倒臭い感じだったが、じゃあ貰ってやるかと(視線は本に落としたままで)いちおう手を差し出してみたら、彼は嬉しそうに「やっぱりあげない」と言ったのだった。なにがしたいんだよ、と思って相手を睨むと、彼いわく、「代わりにほら、いたずらしていいよ」…
意味が解らないし、だいたい気持ち悪くてしかたない。黙って相手の顔を見ていると、「そんな冷たい顔しないで下さい」と謝られた。
そのまま退散するかと思いきや、今度は「だったらオレの方はいいからさぁ、なんかくれないの?」と言い出した。
『なんか、って。お菓子?』
『うん』
レックのやつ、そんなにお菓子が好きだったのかよと思った。
『オレは持ってない。バーバラに頼めば?リュックの中、お菓子でぱんぱんらしいぜ』
『なに言ってんだよ……お前ばかか』
『……』
『じゃあいたずらしていい?』

それで――ぶっとばしてやったんだった。

そうか、レックはハロウィンのつもりだったのか。ちょっと悪いことしたかな。――いや、もしオレがハロウィンのこと知ってたとしても、昨日のやり取りは変わらなかったような気もする。…
まあなんにしろ、アネキに言うわけにはいかない。
「……いや。ないよ」とオレは言った。
あらそう?とアネキは笑って、シーツにこぼれたお菓子の山からスミレの砂糖菓子をひとつつまみ上げた。そして無造作に口に入れると、甘い、と分かり切ったことを言った。
「もうすぐ夕飯だぜ」
「これきりよ。あなたもおひとついかが?」

欲しくもなかったが、オレの返事も待たずにアネキは袋の中からお菓子を選り始めたので、まあいいか、と眺めていた。彼女は時として妙に子供っぽくざれるところがある。
「あら。これいいんじゃない?」
彼女が取り出したのは、しかし棒付きの大きな飴だった。渡されたから思わず受け取ったらアネキが笑い出したので、オレもつられて笑ってしまった。
「ちっちゃい頃に戻ったみたいね。似合うわよテリー」
「似合うってなんだよ、こんな間抜けな飴。……ドランゴにでも遣るか」
「食べないの?」
「姉さんこそ、欲しけりゃどうぞ」
「辞めとくわ。夕飯前だから」
アネキは再び楽しそうに笑った。

それからひと月ほど、パーティはお菓子に不自由しなかった。
そしてバーバラのリュックは以前にも増してぱんぱんになった。




おしまい